校長日誌
小見川陣屋址にある小見川中央小学校
今日(1/22)、中央小学校に一人の男性が訪ねてきました。
校長が対応したところ、「小見川陣屋のことを調べているので、学校の敷地内にあるという陣屋に関する碑を見せてほしい」とのことでした。埼玉県から電車を乗り継いで来たそうです。
陣屋の意味合いは時代とともに変化していますが、江戸時代につくられた小見川陣屋は藩の政治拠点を担い、藩主の屋敷でもあったそうです。1724年に4代藩主 内田正親が小見川周辺に一万石を与えられ、小見川に居住が定められました。小見川陣屋には堀や土塁が築かれ、内田氏支配は明治維新まで続きました。
そのような歴史がある土地に、明治8年以降150年以上にわたってある学校が現在の小見川中央小学校です。・・・と、ここまでは知っていましたが、肝心の埼玉県から訪ねてきた男性が見たい碑についてはわかりませんでした。わざわざ埼玉県から来ていただいた方に、「わかりません」と帰ってもらうのは申し訳ないので、小見川陣屋址に関する説明の看板や中央小にあるいくつかの石碑をご案内しました。
中央小の校庭にはいくつかの石碑があります。これを機に、あらためて見てみました。とても大きな石碑が3つあります。
学校の玄関の近くにある大きな石碑に書かれているのは、「 正 強 朗 」 です。
昨年の創立記念式で児童たちに説明しましたが、中央小の校医を50年以上務めた初代同窓会長 本多 元俊 先生が書いた言葉で、「正しく 強く 朗らかに」 と、人としての生き方を示してくれています。
中央小のシンボルツリーである「くすのき」の近くにある石碑(創立80周年記念碑)には、金森 徳次郎 先生(憲法学者、政治家)の書で「修道之謂教」 と書かれています。孔子の「中庸」にある言葉で、「人としての正しい道を、毎日繰り返して身につけることが、本当の勉強です」という意味です。今年の創立記念式で児童たちに話そうと思っていますが、少し難しいでしょうか?
また、体育館の脇には、「修道百年」 と書かれた石碑があります。80周年記念碑の「修道之謂教」を受けての100周年記念碑で、建てられたのは100周年の2年後のようです。当時の校長 石橋 喜逸 先生の書です。
児童が帰ってからの職員打合せで、小見川陣屋の話を本校の職員にしたところ、石碑について調べてくれた職員がいて、その石碑はなんと!中央小の「くすのき」と「修道之謂教」と書かれた石碑の間にある大きな石であることがわかりました。石には読み取れる字もなく「どうしてこんな大きな石がここにあるのだろう?」という程度に思っていた石が、小見川陣屋の石碑だなんて・・・
埼玉県から訪ねてきてくださった方には申し訳なかったですが、勉強になる一日でした。次に小見川陣屋址を訪ねてきてくださる方がいたら、ご案内できるようにします。
地域の高齢者の皆様との交流会
本日(12月12日)の千葉日報に、11月28日(金)に本校体育館で実施した「地域高齢者交流会」の記事が掲載されました。(ぜひ、ご覧ください。)この交流会は、小見川中央地区社会福祉協議会の皆様のお力をいただき開催しており、中央小の3年生が歌やダンスを披露し、ゲームなどを一緒に行い交流をもつものです。
3年生の児童たちは、「どうしたら、来てくれた方々に喜んでもらえるか」を真剣に考え、計画しました。私も児童たちがどんな「おもてなし」をできるのか、少し心配しながらも楽しみにしていましたが、高齢者の皆様にとても喜んでいただき、児童たちも大きな満足感を得ることができたことが、笑顔いっぱいの会場の様子から感じることができました。
12月16日発行予定の小見川中央小学校こども新聞「くすのは」に掲載される3年生の児童の作文の一部を紹介します。
みんなで作ったけん玉でたくさん遊び、地域のみなさんが、「おもしろいね」と言ってくれたことが一番うれしかったです。折り紙で作ったおみやげも喜んでくれました。
交流会では、つえをついている人や耳が聞こえにくい人もいました。そのような高齢者のみなさんと遊ぶことができてうれしかったです。この日のことをずっとおぼえておこうと思います。
普段、お年寄りと接することがほとんどない児童も多くいますが、高齢者の皆様の優しさに触れたり、一生懸命に準備したことを感謝されたりと、児童たちも大きく成長することができた一日となりました。これからも児童たちの思いやりの心を育てていきたいと思います。
自分に負けない! ~校内マラソン大会~
本日(12月4日)、快晴の下、小見川中央小学校マラソン大会が開催されました。
低学年は800m、中学年は1200m、高学年は1500mの距離を、各学年男女別に走り、10位までに入った児童には「賞状」が、そして完走者全員に「完走証」が授与されます。
このマラソン大会に向けて、児童たちは「あおぞらタイム」のマラソン練習に10月20日から取り組んできました。また、個人的に練習を積んでマラソン大会に臨んだ児童も多くいました。
開会式で校長から話したのは、マラソンが好きな児童や得意な児童ばかりではないことにふれ、「好きではないことや苦しいことから逃げずにチャレンジしてきた人は立派です!」ということ。また、「入賞する」とか「1位になる」だけがマラソン大会の目標ではなく、例えば、「歩かないでゴールする」も立派な目標であること、そして何より「『自分に負けない』ということを全員の目標にして、今日できる『自分の最高の走り』を目指そう!」と話しました。
そして本番・・・、各レースでは自分の最高の走りをしようと必死に頑張る姿がたくさん見られました。
今年も、ガムシャラに走る児童たちの姿に圧倒され、感動しました!
自分に負けず、苦しいことから逃げない中央小の児童たちは、本当に素晴らしいと思います。
児童たちの安全を見守り、声援を送っていただいた保護者の皆様、地域の皆様のおかげで、安全で感動のあるマラソン大会を実施することができました。ありがとうございました。
人はなぜ勉強するのか? 第3弾
「人はなぜ勉強するのか?」 第3弾です。
「勉強する」と「学ぶ」では意味合いが異なりますが、中央小の4年生が「人はなぜ学ぶのか?」をテーマとして、自分の考えを単作文にまとめる学習をしましたので、抜粋して紹介します。
〇人がなぜ学ぶのかは、自分を見つけるためだと思います。ぼくは学校へ通ってから自分を見つけられました。自分を見つけるというのは、自分の楽しいことや悲しいことがわかってくるということで、自分を見つければ、本当にやりたいこと、好きなことが見えてくると思います。
「学校(中央小)で自分を見つけられた」ってすごいです。校長として、とても嬉しい作文ですね。今の自分も、学び続けるとまた変わっていくのでしょうね。
〇ぼくがいつも勉強しているのは、将来の夢を叶えるためです。子どもの時は自分ができるかぎりの勉強をすることが大切だと思いました。大人になっても努力し続けます。人生は自分で決めるものなので、ぼくは将来の夢のためにがんばっています。
「大人になっても努力し続けます」って宣言しているところが素晴らしいです!「人生は自分で決めるもの」という言葉も素敵です。
〇私は学ぶのは自分の夢のためだと思います。学ばなければ夢が叶えられないと思います。勉強しないと特別な資格をもつ人にもなれないし、学ばないと得られないものもあります。
この児童は、きっと「夢」をもっているんですね。特別な資格が必要な夢なのでしょうか?学ばないと得られないもの、たくさんありますね。
〇私の考えは余裕をもって青春するためです。校長先生は「答えは人による(人によって違う)」と言いましたが、私の答えはこれで、ぜひ友達の意見も知りたいと思いました。
「青春!」よい響きですね。「余裕をもって」というところを詳しく聞いてみたいです。ぜひとも、友達同士で意見交換してみてください。
児童たちが校長の話をよく聞いてくれて、よく考えてくれたことが伝わってきました。
子どもは大人が真剣に話すことをよく聞いて、大人が考えている以上によく考えてくれます。
職員には校長からあらためて「先生方の考えを児童たちに伝えてください」とお願いしています。
この「校長日誌」を読んでくださった方も、身近な子どもたちに「人はなぜ学ぶのか?」を真剣に語ってみてはどうでしょうか?
大人たちみんなで、子どもたちの夢を育てていきたいと思います。
人はなぜ勉強するのか? 第2弾
「人はなぜ勉強するのか?」について、10月の校長日誌に書きましたが、今回はその第2弾です。
前期終業式で校長から「人はなぜ勉強するのか?」という話をしました。
私にとって勉強というのは楽しんだり、感動したりするためにやるもの。
そして、私が考える小学生が勉強する理由として、「勉強することで自分のやりたいことがわかるんじゃないかな?」と話したのですが、私の話を児童たちはどう受け止めてくれたのか気になっていました。
その後、本校の放送委員会(児童の委員会)が「わたしたちはなぜ学ぶのか?」というアンケートを全校児童対象に取ってくれました。その結果が11月17日の児童集会で発表されました。
中央小の児童が考える勉強する理由、気になります・・・。
上位5位を発表しましょう。
第5位 「わからないと恥ずかしいから」
小学生らしいといえば小学生らしいですね。
第4位 「よい学校、よい会社に入って、お金を儲けるため」
う~ん、やはり、この考えはあったか! 否定はしませんが・・・
第3位 「いろいろ知っていると役に立つから」
豊富な知識はこれからの人生で役に立つはずですね。
第2位 「読み・書き・計算ができないと困るから」
そうです。基礎的な学力は絶対に必要です。
そして、ダントツの第1位は、「なりたい自分になるため」でした。
多くの児童が「わたしたちはなぜ学ぶのか?」を真剣に考えてくれたことを、たいへんうれしく思います。そして「なりたい自分になるため!」と答えた児童の多くは、きっと「なりたい自分」をもっているのでしょう。
「なりたい自分」のイメージをもち、「なりたい自分」になるために学び、「なりたい自分」になるために努力することのできる児童を応援し、育てていきたいと思います。