校長日誌

「修道之謂教」第152回創立記念式

 3月9日は小見川中央小学校の第152回創立記念日でした。

 中央小同窓会の会長様、副会長様、PTA会長様に来賓としてご臨席いただき、第152回創立記念式を挙行しました。

 来賓の皆様から児童たちに温かい言葉をかけていただき、同窓会からは児童たちに祝菓をいただきました。地域の皆様、ありがとうございました。 

 中央小のシンボルツリー「くすのき」の隣りに大きな石碑があります。前回の校長日誌にも書きましたが、この石碑は創立80周年を記念して建てられたもので「修道之謂教」という文字が書かれています。

 私は不勉強なもので、初めは「修道之謂教」の意味が解りませんでしたが、校庭の真ん中に建ち、70年以上もの間、中央小の児童たちを見守ってきた石碑の意味を児童たちにも伝えたいと思いました。そこで創立記念式の校長の式辞として、この「修道之謂教」についての話をしました。

 「修道之謂教」は儒教の経書である「中庸」に出てくる句で、「天命之謂性」「率性之謂道」に続く句だそうです。それぞれの意味は?

 「天命之謂性」 天から与えられた本来の性質を「性」という

 「率性之謂道」 その本性に従って生きることを「道」という

 「修道之謂教」 その道を修めるように導くことを「教え」という

 3つの句をまとめると、「人間には天から与えられた本性があって、その本性に従って生きることが正しい道で、その道を修めるように導くことを教えという。」ということになります。

  この意味から、「修道之謂教」という句は中央小の児童たちよりも、むしろ先生方が教訓とするべき事なのだと思いますが、創立記念式で児童たちには

 「道」というのは、「人として正しい道」のこと

 「修める」というのは、「練習して身につける」こと

 「教え」というのは、「本当の勉強」のこと

というように説明し、さらに、校長の解釈として

 ☆「人として正しい道」というのは、「人にやさしくする」とか「正直である」こと

 ☆「練習して身につける」というのは、「自然にできる」くらいになること

 つまり、「修道之謂教」の意味は、

人にやさしくしたり、正直でいることを、自然にできるようになる。これが本当の勉強!

と話しました。(校長の思いが強い解釈で、専門の方が聞いたら誤りを指摘されそうですが・・・)

 中央小の児童たちには、人にやさしく、正直で、そして、それが自然にできるようになってほしいと願っています。