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校長からのメッセージ
個別面談にお越しいただきありがとうございました
7月1日(水)から3日(金)の3日間、全家庭を対象にした個別面談を実施しました。
ご多用中にもかかわらず、日中、学校までご足労いただいたこと、職員一同心より感謝しております。
今回、保護者の皆様と直接お話しできたことで、なかなか知ることのできない、子どもたちのご家庭での様子を知ることができましたし、私たちの取組をより深く知っていただけたと感じています。
改めて、貴重なお時間を割いてお越しいただきありがとうございました。
校長のことばコラム10 方言の不思議(1)方言の違いに隠された歴史
青森県の野辺地町と平内町の境に、馬門と狩場沢という集落があります。どちらも陸奥湾に面しており、国道4号線で結ばれたこの両集落、間はほぼ平坦で、地形的な障害は、ほとんどありません。
ところが、この2つの集落では、使われている言葉(方言)がまったく異なっています。単語だけでなく、イントネーションなど、広い範囲にわたって違いが見られます。
なぜこのようなことが起こったのでしょうか?
実は、この2つの集落は、江戸時代には南部(盛岡)藩と津軽(弘前)藩の境に位置していました。
南部藩と津軽藩は、互いに強く対立していたことで知られており、その影響は現在の青森県にも残っています(※もともと辺境の港町に過ぎなかった青森が県庁所在地となった背景にも、この対立があるといわれています)。
この対立の原因をたどると、弘前藩の津軽氏は、もともと南部氏の家臣であったことに行き着きます。
戦国時代末期、津軽氏(※当時は大浦氏)は、南部氏の内乱に乗じて独立を果たしますが、その過程で、当時の南部家当主(本家に養子に入っていた人物)の実父を殺害してしまいました。
さらに、南部氏の混乱が収まらないうちに、いち早く豊臣秀吉に接近し、本領安堵の許しを得ます。天下人の命に逆らうことはできず、南部側は、討つべき相手でありながら、手出しできないまま見過ごすほかありませんでした。その無念は、想像に難くありません。
戊辰戦争においても、南部藩が奥羽列藩同盟に加盟したのに対し、津軽藩は同じ奥羽の藩でありながら新政府軍側につくなど、江戸時代の終わりまで両者の対立が解消されることはありませんでした。
こうした背景から、江戸時代を通じて両藩は互いを最大の仮想敵とみなし、藩境での交流を厳しく取り締まりました。その結果、約250年にわたる分断が続き、すぐ隣り合う集落でありながら、まったく異なる方言が使われるようになったのです。
令和8年度 学校だより No.4
第2回 学校運営協議会
6月10日に、第2回学校運営協議会を実施しました。
委員の皆様には、「いつでも参観」に合わせて授業を参観していただいたり、学校の施設・設備について確認していただいたりした後、学校運営等について御意見をいただきました。
主な御意見として、
「縦割り活動が自然に行われており、年代を超えた人間関係が構築されていて素晴らしい」
「外国語活動では楽しい授業が展開されており、英語に対する意欲の向上が期待できる」
「不登校気味の児童に対し、丁寧に、かつ学校全体で対応しようとしている姿勢が良い」
「最近、イノシシやサルの出没情報があるため、防犯カメラの設置も検討してはどうか」
「地域が学校に対してできることを考えていく必要がある」
などが出されました。
委員の皆様におかれましては、第1回(5月1日)から期間が短い中での御来校、誠にありがとうございました。今回いただいた貴重な御意見を基に、よりよい東大戸小学校づくりに努めてまいります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
令和8年度 学校だより No.3
令和8年度 学校だより No.2
校長のことばコラム9 言葉の変化(6)「『ら』抜き言葉」の必然性
「言葉の変化」と言えば「『ら』抜き言葉」に触れないわけにはいかないでしょう。
ご存じの方は多いとは思いますが、「『ら』抜き言葉」とは、「来られる」「見られる」「食べられる」といった「可能」の意味を表す言葉から「ら」を抜いた「来れる」「見れる」「食べれる」などの言い方を指します。
この「ら抜き言葉」は、現代では相当広く浸透しています。たとえば、私は50代ですが、先ほどの三語を「ら抜き」にすると、「食べれる」には、多少の違和感があるものの、「見れる」は自然に感じ、「来れる」に至っては、むしろ「来られる」のほうが硬く聞こえてしまうほどです。
さて、「られる」は、「受け身」「尊敬」「可能」「自発」の4つの意味を持つ非常に多機能な語です。ちなみに、用例は、
受け身:「観客から声をかけられる」
尊敬:「社長さんが私の自宅まで来られることになった」
可能:「その時間に始まるなら私にも見られる」
自発:「故郷の母のことが案じられる」
「ら抜き言葉」になるのは、このうち「可能」の意味だけです。つまり、「『ら』抜き言葉」とは、本来複数の意味を担っていた助動詞「られる」のうち、「可能」の意味だけが独立して形を変えた現象だとも言えるのです。
さらに見逃せないのが、「れる」という、同じ意味・同じ用法の助動詞が存在している点です。
※違いは「上に付く動詞の種類」だけで、「れる」は五段動詞(注1)に付き、「られる」はそれ以外の多くの動詞に付きます。
もともと一語で複数の意味を担っていたところへ、同機能の「れる」まで存在するのですから、言語的に混乱が起きても不思議ではありません。むしろ「変化するな」というほうが無理な話かもしれません。
「『ら』抜き言葉」は、世代や立場によって浸透度がかなり異なります。いろいろな立場の人がいらっしゃると思いますので、結びは2つ用意しました。ご自身の立場に応じて、好きな方をお読み下さい。
◇「ら抜き言葉」を嫌う人へ
「ら抜き言葉」に違和感を覚える方の中には、「そんな言い方は間違いだ!」と強く主張する人もいます。しかし、上記のような背景を踏まえれば、今後“可能の助動詞”が「ら抜き」に統一されていくのは、ある意味で言語の自然な成りゆきだと言えます。
「自分は日本語の変化の最先端を見ているのだ」
これくらいの気持ちで受け止めたほうが、精神衛生上は健全かもしれません。
◇「ら抜き言葉」を自然に使う人へ
普段から「見れる」「来れる」を違和感なく使っている方も多いでしょう。おそらく近い将来、「ら抜き言葉」は正式な日本語として認められるはずです。
とはいえ、現時点ではまだ公的な場では推奨されていません。ビジネス文書や改まった場では、従来の「られる」を使うほうが無難です。
言語は常に変化するものですが、誤解や失礼につながらないためにも、状況に応じて使い分けていく姿勢が大切ではないでしょうか。
注1
五段動詞:「書か-ない・書き-ます・書く・書け・書こ-う」のようにア~オ段全てを使って変化する動詞のこと。
令和8年度 第1回 学校運営協議会
5月1日の午後3時から、第1回の学校運営協議会が開催されました。
『学校運営協議会』とは、『地方教育行政の組織及び運営に関する法律』の第47条の5に規定された、保護者や地域住民等が、一定の権限や責任を持って学校運営に参画する仕組みです。
初回である今回は、8名の参加をいただきました。
開始前に子どもたちの授業風景を御覧いただき、その後、会議室で会議に入りました。
最初に市からの任命書を皆様にお渡しし、互選で会長・副会長を決定し、会長の司会で協議に移りました。
協議では、まず、校長から、今年度の学校経営の基本方針・グランドデザイン等について説明ました。なお、基本方針等につきましては、昨年度末の協議会で既に御承認いただいていますが、初めての委員になられた方もいらっしゃいますので、改めて説明いたしました。
その後、委員の皆様から学校運営等について、
「外国語活動と外国語科の指導について、中学校との違いは何か」
「プールが外部委託になったのは、施設が使えなくなったからなのか。また、送迎はどのように行うのか」
「夏の暑さで2年連続で職場体験が中止になった。対策は考えているか」
「夏の下校時の安全確保について、対策を考えていく必要がある」
といった御質問・御意見を頂戴しました。
貴重な御意見、ありがとうございました。
いただいた御意見を基に、今後も学校運営に取り組んでまいります。
令和8年度 学校だより No.1
令和7年度 学校だより No.13
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