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中学生人権作文コンテスト 優秀作品紹介

 中学生人権作文コンテスト香取協議会大会で、優秀賞に選出された大堀さん(2年)の作品を紹介します。生徒の皆さん、作文を読んで人権への意識を高めていただけると幸いです。

〇優秀賞 大堀さん(2年) 

 僕は陸上部に所属しています。ある日の練習中に足が痛くなったので病院へ行くと、一か月の間、運動禁止と言われてしまいました。その日のうちに足の固定をして、松葉杖を初めて使うことになりました。僕はそこまで生活に支障はないだろうと思っていましたが、実際は思ったよりも大変なものでした。

 診療を終えた後のことです。まず、病院の階段が怖かったです。いつも何も考えずに使っていた階段を下りるのに時間がかかりました。なので、少ない段数のときはケンケンをしていました。バリアフリーという言葉は聞いたことがありましたが、実際に活用してみると、すごく便利だと思いました。

 怪我をしてから初めて出かけたときのことです。長時間の松葉杖の移動は大変だと思ったので、車椅子を借りてみました。車椅子は楽そうだなと思っていましたが、それも間違いでした。狭い通路は入れません。エスカレーターが使えないので、エレベーターを探すのにも時間がかかりました。エレベーターに乗る時も、人が多いときは邪魔になるから乗りたくないと思っていたので、乗るタイミングを考えました。人を避けるのも大変だったし、すごく気を遣いました。お尻も痛くなりました。授業など、椅子に長時間座っていることはありましたが、車椅子に座っている間はいつもよりも痛く感じました。また、周囲と同じように自分が動けないし、みんなの歩くスピードに追いつきたくても追いつけなくて、急ごうとしたらいつもよりも疲れてしまいました。みんなは追いつけない僕のことを待ってくれており、それがすごく迷惑をかけてしまっているという気持ちにもなりました。

 でも、僕が一番嫌だったのは、周囲の視線でした。気まずそうに見てくる人やジロジロ見てくる人がたくさんいました。道を避けてくれる人もいました。優しくしてくれたのに、特別扱いをされているみたいで嫌になり、早く帰りたくなりました。しかし、母に「大変な時は助け合うのが当たり前だよ。みんな特別なことはしていないよ。」と言われました。僕も普段は特別だと思っていなかったのに、自分が車椅子に乗ったら、助けてもらうことが悪いことだと思ってしまいました。

 僕は毎日走ることが日課だったのに、それができなくなってしまいました。夏休み中の部活動も参加できないし、大会にも出場できなくなってしまいました。でも、怪我をしたからこそ、今まで気付かなかったことに気付けたと思います。それは、立場が違うと考えることも変わってしまうということ、障がいのある人たちに対する考え方が変わったということです。

 僕は怪我をして少しの間、前みたいにうまく歩けなくなっただけで、こんなにも生活が変わってしまうということにびっくりしました。これがずっと続いて生活するのはとても大変なことだと思うし、すごく努力をしているのだろうなとも思いました。また、今までは車椅子や松葉杖の人を見かけても、大変そうだなと思うだけだったけれど、それがどのくらい大変かということも分かったし、周囲から見られているということが気まずいということも経験してみないと分からないことでした。

 この経験から、僕の怪我が治って自由に動けるようになったら、障がいがある人たちだけではなく、小さい子供たちからお年寄りの方々まで、困っている人たちを見かけたら、考えて行動できるようになりたいと思いました。また、声を掛けるということは少し恥ずかしくて、勇気がいることだけど、「大丈夫ですか?」とその一声を掛けられるようになりたいです。